対談

「玉川太福 × 渡辺創(放送作家)」

渡辺創

渡辺創(わたなべ・はじめ)

オフィスぼくら所属。
大学生の頃から構成作家として仕事をはじめて早三十年、今日まで数多くのテレビ、ラジオ番組の構成作家をつとめ、「愛・地球博」(2005年国際博覧会)の構成や世界の教育番組を表彰する「日本賞」の審査員、ボードゲーム開発まで多岐にわたって活躍中。
NHK「ためしてガッテン」や「にほんごであそぼ」など、落語家や講談師、浪曲師が関わる番組に携わることも多い。

「ソーゾーシー」は新しいことをやるんだっていう意気がある。

玉川太福

前回、「ソーゾーシー」の公演に来てくださってありがとうございます。
どうでしたか?

渡辺創

印象としては、新しいことに楔を打とうとしている。
あれはすごい素敵だなと思ったし、面白かったです。それに、レッドシアターっていう場所も良かったし。
やっぱり寄席の匂いがあるところでやるのと、そうでないところでやるんだとしたら、そうでないところで「ソーゾーシー」をやったことに、”意味と意義”があったと思う。

玉川太福

ありがとうございます。

渡辺創

もう片方で思ったのは、良いとか悪いとかじゃなくて、やっぱり落語だとか、講談だとか、浪曲だとかっていうスタイルがあるじゃない?
このスタイルっていうのは、俺らには分からないところで、やっぱり大切なものがあるんだなっていうのを思ったのよ。

玉川太福

うん。

渡辺創

これで、例えばアメリカの人がね、スタンダップコメディをやるんだっていうことになった時には、多分もう、めちゃくちゃにすると思うのよ。

玉川太福

うん。

渡辺創

ルールとか根底に流れるものを破壊しながら、「全部いままでにないもの!」と思ってやるに違いないんだけど。
「ソーゾーシー」は、新しいことをやるんだっていう意気がある。それと同時に、やっぱり自分らがやっている浪曲なり、落語なりっていう、そのスタイルは守るんだっていうこの二つを、同時にやってんだなと。これは俺にとっては、面白くもあり、不思議でもあった。

玉川太福

なるほど。

渡辺創

スタイルを守る意義が俺には分からないから、どっかで知りたいなぁとは正直思った。
なんでも自由にやろうと思ったら、自由にできるっちゃできるじゃん。着物着る必要もないし、釈台?みたいのもいらないかもしれないし、唸り方についても。

玉川太福

自由でいいと?

渡辺創

自由でいいはず。だけど、それは守るんだっていう。なぜそれを守るんだっていうのを、ちょっと知りたいっていうのがある。
落語家さんはさ、やっぱり、座布団の上で着物着てやるじゃん。

玉川太福

分かんないですけど、そこからはみ出した時に、そのプロフェッショナルな技術を持っているっていう自信がなくなっていくのかなっていう。例えば、落語家さんが立ってやるってなった時に、使っていない要素が大きいじゃないですか。
私も、もっと違う声でやるとか、三味線以外でやるとか、違うメロディでやるとか、できるかもしれないですけど、そうなったら、なんだろうなぁ。浪曲とか、落語の持っている形並みの水準に仕立てるまでが、相当大変なんじゃないかなぁとか。分かんないですけど。

渡辺創

だから、俺の中の理解としては、そのジャンルを愛しているのかな、と思った。

玉川太福

それはあると思います。

渡辺創

浪曲っていうものを壊しすぎて、それが浪曲に見えなくなった時に、それは嫌だから、それは守っているんだろうな、そのジャンルを愛しているからなんだろうなと思って。面白いし、なるほど、愛か、と思ったんだけど。なに分、特に浪曲とか知らないからさ(笑)。

玉川太福

(笑)。そうか。その守っているものの価値が。

渡辺創

価値が分かんない。きっと、師匠がいて、そのまた師匠がいて、受け継がれてきた芸があって、その芸の本質っていうものが、一体なんなのかっていうところがある。

玉川太福

うーん。

渡辺創

例えば、三味線との掛け合いの空気感だとか、唸っている時の声の良さとか、それは分かるよ。分かるけど、それがそのジャンルにすごい重要なんだっていうことが。まだ俺の知識が足りないんだな。

玉川太福

うーん。

渡辺創

客が成熟しないとわかんない芸ではあるんだろうっていう。

玉川太福

それは十分にあります。

渡辺創

それはすごい思って。

玉川太福

それは落語についても?

渡辺創

みんなそう。落語の方は、俺から見ると、もうちょっとルールが少なく見えるからさ。その分だけ自由にやってる感じはするけど。それでもやっぱり、落語家の人は落語をやるんだなって。

玉川太福

演じ方とか。

渡辺創

そうそうそう。

玉川太福

ルールは守った上で、ですもんね。

渡辺創

だから、そこを破壊しないっていうことの面白さは、なんかあるなぁと思った。

玉川太福

でも、おっしゃったように、元の良し悪しみたいな感覚がないと、ちょっとピンとこない可能性もあるってことですよね。

渡辺創

そうそう。なんでそうしているんだろうって思うから。でもこれって、もっと俺らが落語にしろ、浪曲にしろ、すごくたくさん観ていたら、「あっ、これはここを守っているんだ」とか、「あっ、この人のやり方はこうなんだ」っていう違いも分かるし意味も分かるから。やっぱり、触れてる回数が少ないんだと思って。それはもちろん、観客である俺のせいでもあるけど、やり手側(に対して)も、もっとやれよってことにつながるなぁとは思ったよ。

玉川太福

うーん。

渡辺創

今は古典のお笑いを目指す人たちが、笑わせれば何でもありなんだっていうことにはしないで、自分たちのスタイルを守りながら、その上に乗っかって、笑いも取るってしているじゃん。

玉川太福

はい。

渡辺創

これ、普通に考えたら、大変なことじゃない。守んなきゃいけいないルールがすごいいっぱいあるのに、なおかつゴールでは笑わせろっていうことだから。それをやってんだなって思うと、そのことについては感心したし、すごい頑張ってるっていう感じはしたんだけど。

玉川太福

はい。

渡辺創

客としては、その知識が足りないってことを反省したし、反対側に立っていうと、やってる側が、なぜそのスタイルでやってるんだっていうことを、俺らが観てるだけで、「あぁなるほど~!」って力もつけてもらわねば。

玉川太福

ありがとうございます。

この人のためには汗をかこうと思う人がいないと、そういう風にはなんない。

玉川太福

渡辺さん、放送作家はもう何年になるんですか?

渡辺創

大学生の時からだから、もう30年くらいやってるよ。

玉川太福

ずっとテレビの世界にいらっしゃって。テレビのお笑い芸人さんと、寄席の芸人、落語家とか浪曲師の間には、けっこう大きな差があるのかなって思うんですけど。

渡辺創

技術としての差はあると思う。テレビはテレビとして受ける技術があるし。寄席は寄席として受ける技術があると思うから、別だとは思う。それは役者さんも同じで、舞台でやる役者さんとテレビでやる役者さんが違うのと同じような違いはあると思う。

玉川太福

今の時代でいうと、よりお客様に知れ渡るのは、圧倒的にテレビじゃないですか。

渡辺創

そうだね。圧倒的だね。

玉川太福

「ソーゾーシー」の4人くらいの世代で言えば、メディアに出るようなことにも順応していかなきゃいけないと思うんです。ちょっと前にも深夜に落語家の番組とかあったりしたと思うんですが、いわゆる演芸の芸人がテレビの世界になかなか定着できない印象があって。ここが弱いっていうものが、明確にあるような気がするんですけど。

渡辺創

これは難しいとこだけど、テレビに出るっていうことは、ある種、鋭さを欠くことだとも俺は思ってるの。

玉川太福

あぁ、万人に向けるっていう意味で。

渡辺創

それを望んでいるかどうかがちょっと分からなくて。落語家さんとか浪曲師さんというのは、ある種、さっき言ったみたいな自分のルールがあるじゃない。そのルールを曲げてまでっていう風にはしないじゃん。

玉川太福

うーん。

渡辺創

落語家として、浪曲師として出る。自分の世界のルールを曲げずにテレビに来ると、テレビの人は、面倒くせえって思っちゃうのかもしれない。

玉川太福

なるほど。

渡辺創

それが例えば、テレビにもっとたくさん出ようとした時に、障害っていうと言い過ぎなんだけど、(障害に)なるなと思う。今、いわゆる芸人と言われる人たちは、「テレビに合わせて(自分の)ルールを無くして来ますよ。誰にでも受けることだったら、僕はなんでもやりますよ。」っていう、テレビ芸人っていう方向になっているけど、それが俺は正解かどうか分かんないんだよ。

玉川太福

うん。

渡辺創

認知度が高まるのと、金が儲かるのはそっちだけど。それが芸人の世界にとって良いことなのがどうか、本人が望むことなのかどうかは、ちょっと考えどころではあるなぁと思う。

玉川太福

そこが難しいところで。でもやっぱり、特に地方の人とかにまで認知されることだと、テレビが圧倒的かなと思うんですけど。

渡辺創

これ、また違う角度でいうならさ。落語家さんや講談師さんや浪曲師さんっていう人たちが、吉本興業のようなデカい事務所に入ったら、状況違うと思うよ。戦略的にテレビはやっぱりやることたくさんあるから。
いちいち面倒くさいことはしたくないの。

玉川太福

うん。

渡辺創

でも吉本さんがついてるんだったら、最低の歩留まりは見えるのよ。何かあった時に保障してくれるし。

玉川太福

はい。

渡辺創

後ろ盾がない人たち、一人一人で動いてる人たちってなると、何もなければ別にいいけど、例えば事故があったらっていうようなときに、どうする?っていう話。

玉川太福

うんうん。

渡辺創

それがテレビ的には面倒くさい。しかもその人たちが、テレビのいうことなんでも聞いてくれる人たちじゃなくて、自分たちのルールを曲げずにやっている人たちだとすると、さらに事故が起きたりすると、二重、三重に面倒くさい(笑)。

玉川太福

(笑)。なるほど~。

渡辺創

そこはちょっと、解消しようがないなとはちょっと思うけど。

玉川太福

難しいですねー。でもいま、この4人の中だと昇々さんが、『ポンキッキーズ』のレギュラーで出ていて。

渡辺創

それはやっぱり、『ポンキッキーズ』の担当しているプロデューサーに覚悟があったということ。

玉川太福

なるほど。

渡辺創

この人(昇々さん)のためには汗をかこうと思う人がいないと、そういう風にはなんない。『笑点』は、周りを固めている作家の人だとかプロデューサーの人たちが、ずっとその世界にどっぷり浸かっているから別だけど。その他の番組で、落語家さんだとか講談師さんとか使うのは、その真ん中に入っている人たちがある種の覚悟を持って、この人をなんとか売ろうとか、なんとか出したいっていう風に、その才能に惚れるから出すんであって。それは大きい事務所に入っているタレントさんとかとはちょっと違う。

玉川太福

あぁ。

渡辺創

誰でもいい、代わりが利くっていう人じゃなくて、その人に惚れてその人を出そうっていう何かの力があったんだと思って、より感謝した方がいいと思うよ(笑)。

玉川太福

だそうです、昇々さん(笑)。『ためしてガッテン』(現:ガッテン)なんかは?。

渡辺創

あれは、それこそ立ち上げの時からいたから。あれは志の輔さんを出したいっていう人があって、しかも科学番組の中に強い力があったからできたこと。
それに、志の輔さんもそれに応えるべく、すごい頑張ったからこうなったんだと思う。

玉川太福

なるほど~。
『にほんごであそぼ』に、浪曲師の大先輩で、国本武春師匠が出ていらっしゃいましたけど、印象的なエピソードはありますか?。

渡辺創

俺がまず感心したのは、武春先生は番組の中では、ベベン(うなりやベベン)っていう名前を絶対に譲らないって言ったの。

玉川太福

はあぁ。

渡辺創

これは、自分は浪曲師としての武春ではなく、番組のキャラクターとしてのベベンだってことは絶対に守りたい。そこは一線を引くって言ったの。
それは最初の打ち合わせの段階から、そう言ってた。

玉川太福

へぇ~。

渡辺創

それは、俺はなるほどって思った。武春先生の中で思う、浪曲師としての自分の中でのルールがあったと思うんだ。武春としてはそのルールを守んなきゃいけないけど、ベベンとしてキャラクターとしてやるんであれば、そのルールをある種、逸脱してもいいっていう。

玉川太福

はああぁぁぁぁ。

渡辺創

それは、さすがって思った。

視聴者から、「ベベンさんが観たいです。」、「声が聴きたいです。」って、どんどん来るからね。

玉川太福

だって、エンドロールも、うなりやベベンですもんね。

渡辺創

そうそう。それは浪曲師としてのプライドがあって、浪曲師として守らなきゃいけないものがあって。でも、自分を引っ張ってくれるっていう人に対して、これに出ようと決めたからには、浪曲師ではなく、「うなりやベベンだ。」っていうことなんじゃないかな。それはカッコいいなって思った。

玉川太福

あぁ。

渡辺創

あとは、技術的な事に関しては、すげぇ野太いものを、その野太い味があるまま出せる人だった。
テレビ側の技術もどんどん進んでるから、編集をすればデジタルなものとか、クールなことはどんどん作っていけんのよ。

玉川太福

はい。

渡辺創

だけどね、映像的に優れてるとか、企画的にパッとしているっていう風にはできるんだけど、なんつんだろう…人の太さっていうか。
人の厚さって、伝えにくいのよ、編集をすればするほど。

玉川太福

はあぁ。

渡辺創

観てもらえば分かるんだけど、武春先生(の映像)は、そんなにカット数多くないの。

玉川太福

ああ、そうかもしれないですね。

渡辺創

ワンカメだけでずーっといける。そっちの方が魅力が出る。

玉川太福

ああ、そうかもしれないですね。

渡辺創

武春先生が持っている厚い、太い魂みたいなやつが、強く前に出てくる。これは番組とっては、すごい有り難かった。

玉川太福

ああ…なるほど。

渡辺創

ああいう人はいないよね。なかなか。

玉川太福

いないですねぇ。
ずっと、うなりやベベンで゙続けていく中で、変わっていった部分とかあるんですか?最初から、もうすごかったんですか?

渡辺創

ベベンさんは、最初から勘が良い人だったし。
何を俺らが求めてるかってことを分かってくれたから、最初からヒット打ってくれたし。ベースは変わらないんだけど。変わらないものってテレビって飽きてきちゃうんだけど。

玉川太福

ですよね。

渡辺創

飽きるスピードは早いんだけど、ベースは変わらないのに全然飽きなくて。また今回も面白かった、また面白かったっていう。変わってないのに、面白かった。結構、稀有な人だったよ。

玉川太福

だからこそ、亡くなったのに、ずーっと観たいっていう声が続くってことですよね。

渡辺創

俺らもだけど、視聴者から、「ベベンさんが観たいです。」、「声が聴きたいです。」って、どんどん来るからね。
大した人だったよ。

玉川太福

話変わりますけど、『にほんごであそぼ』の落語って、1分ですか?

渡辺創

1分。あれは、ほんと申し訳ないと思ってるんだけど、番組の毎日の尺が10分しかないから。

玉川太福

その中の1分ってデカいですね。

渡辺創

そうそう。で、やっぱり強いんだよ。噺家さんの話のフリとか熱量って。

玉川太福

うんうん。

渡辺創

クールなものとホットなものを入れて、俺は番組を作りたいんだけど、ホットなものが勝ちすぎると厳しくなっちゃう。

玉川太福

番組のニュアンス的にも、あのくらいが。

渡辺創

うん、あれが良いなぁ。元々あの番組がクールな番組だったから。ホットがアクセントになってるぐらいがちょうど良いので。

玉川太福

クールな番組の方が、長続きするとかってあるんですか?

渡辺創

俺らの側からすると、クールな番組って、歩留まりが見えるのよ。これぐらいには着地できるっていう。
でもホットなものは、俺たちの演出を超えて、その人物の熱量が勝負だから、その人が良ければ…、良ければってヒドイ言い方だけど(笑)。

玉川太福

いや、分かります。

渡辺創

熱が入ってれば良いけど、そうでない時の…、計算ができないのよ。

玉川太福

そうかぁ。ああ~、なるほど。

渡辺創

そういう意味で、武春先生は計算ができたのよ。あんなホットな人なのに、絶対大丈夫って俺たち思ってたから。
ちょっと厳しくなってきたなっていう時に、ベベンさんを出しておけばある程度読める。この温度まで上げてくれるっていう。すごい信頼してた。

玉川太福

なるほど。

渡辺創

子供って、クールなものも好きだけど、ホットなものも好きだから。入れ違いにしていかないと、ずっと連いてきてくれないのよ。

玉川太福

なるほど。どうもありがとうございました。

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